インプラント治療の流れ
①診断
②手術
③人工歯の取り付け
②手術
ここではアストラテックという術式を説明します。
A 1次手術
しっかりと固定するように、インプラント(フィクスチャー)を入れて、歯ぐきを閉じます。
手術は、30分から1時間で終わります。
インプラントに力をかけずに、治癒するのを待ちます。数ヶ月で骨とインプラントとが結合します。
・治癒期間
3ヶ月(下顎)~6ヶ月(上顎)
B 2次手術
インプラントと骨とが結合したら、人工歯を取り付けるための部品を連結し、歯ぐきから露出させます。
手術は、15分から30分です。
歯ぐきの形が整うまで、待ちます。
・治癒期間
2週間~4週間
目次
①古くは、インカ帝国・古代エジプト・古代トルコに起源を持つ
②インプラントの発達と普及~鍵はチタン~
③日本での普及~学会と医療制度という障害
③日本での普及
オッセオインテグレーション・インプラントは、ここ10年余りの間に欧米を中心に非常な勢いで普及しました。普及程度を日本と比較すると、アメリカやスウェーデンで10倍、ドイツで5倍程度でしょうか。日本では本格的な普及はこれからなのです。
どうして日本でオッセオインテグレーション・インプラントの普及が遅れてしまったのでしょうか。原因は二つあります。それは、日本独自の医療制度と学会という互いに関連しあった存在です。
オッセオインテグレーション・インプラントに限ったことではないのですが、欧米で発見・開発された技術が日本の一般開業医で行われるようになるには10年以上かかってしまいます。というのは、欧米で発見・開発された技術は、その国内で2~3年は臨床で実績を積み上げ、その後に国際学会で発表されることになります。それから5年程は各国で臨床研究が続けられ、効果や安全性が十分に確認されたうえで一般開業医が実施していくという流れになります。このような医療制度があるだけでなく、日本にはもう一つの障害があるのです。
それは、"大学の権威"というものです。新しい技術に関しては、各学会の権威ある教授の承認が、暗黙の了解で必要となるのです。
結局、欧米で発見・開発された技術が日本の一般開業医にまで普及するのに10年以上かかってしまうのです。 もう一つの原因として、日本にインプラントが入ってきた当時、他の治療技術のレベルが低いために、インプラントがうまく機能しなかった事例があったことも挙げられます。技術の未熟さをインプラントという新しい手法のせいだとして責任転嫁する傾向が一部の歯科医師にあり、普及にはずみがつかなかったことも事実には違いありません。当時のイメージをひきずって、「賛否両論のインプラント」などという 取り上げ方をするマスコミが今だにあるほどです。
欧米ではオッセオインテグレーションは歯科だけでなく、整形外科、顎顔面外科などで広く応用されるようになりました。医学的に常識の技術となりつつあるのです。
オッセオインテグレーションは、歯科という枠組みを超えた重要な技術とされているのです。
さて、小休憩はこれくらいにして、次はインプラントを実際に受ける流れについてご説明いたします。
流れ
目次
①古くは、インカ帝国・古代エジプト・古代トルコに起源を持つ
②インプラントの発達と普及~鍵はチタン~
③日本での普及~学会と医療制度という障害
②インプラントの発達と普及
インプラントの発達には、さまざまな材質を用いて動物実験を行うなど試行錯誤がありました。結果的に、まず、落ち着いたのが、整形外科などで使うコバルトクロム合金でした。整形外科では補正の際に用い、骨がくっついたら外すという使い方をしていました。その技術を人工歯根に応用したのです。
ある程度、有効な方法でしたが、からだにとってそれほどなじみのよいものではなく、排除する作用が働いてしまうため広く普及するものとはなりませんでした。
最終的に、現在までの道のりを作ったのが、チタンです。インプラントの普及や発達を語る上で、チタン技術の発見と発達はかかせないものです。
インプラント治療が実際に広く行われるようになったのは1940年代です。骨と粘膜の間にフレームを入れる「骨膜下インプラント」という方法が考え出され、学術的には"近代インプラント"の時代に入ります。「骨膜下インプラント」にはコバルトクロム合金が使われていました。
1950年代になるとチタンが使われるようになり、インプラントは飛躍的には発展したのです。チタンは現在も使用されていて、インプラントには最適の素材といえるでしょう。
チタンを使うインプラントの方法は2通りあります。
一つは、ニューヨーク州立大学教授で歯科医師のレオナルド・リンコーが開発した「チタンブレード」という方法です。チタンを板状に加工し、骨には接触させないやり方です。それまで使用されていた素材と違い、折り曲げるなど加工が自由にできるのが特徴です。"インプラントのパイオニア"と言うべき方法で、インプラント普及に大きな功績がありました。
もう一つは、チタンがインプラントに適していることを発見した、スウェーデンのブローネンマルク医師が開発した「オッセオインテグレーション・インプラント」という方法です。
1952年、ブローネンマルク医師は、チタンと骨が結合する現象をオッセオインテグレーションと名付けました。オッセオとは「骨の」、インテグレーションは「統合」という意味です。そして、1960年代にイエテヴォリ大学に移籍して、膨大な基礎研究を続けると共に、オッセオインテグレーションを利用したインプラントを開発しました。
1965年から臨床実験を始め、1980年代まで15年にわたって臨床研究を続けてデータを蓄積。ブローネンマルクシステムを確立し、1981年に学術論文を発表しました。この発表は、歯学界にセンセーションを巻き起こし、世界中でオッセオインテグレーション・インプラントが臨床の場で実際に行われるようになったのです。
このようにオッセオインテグレーション・インプラントは、基礎研究がしっかりとなされていて、臨床データも豊富なので、安全性が高いことが大きな特徴です。インプラントが10年以上機能する臨床成功率は96%以上とされています。
世界的な流れとしては、1988年のトロント会議で、世界中の著名なインプラントジスト(インプラントをする医師)が集まってコンセンサスレポートを打ち出しました。「5年85%、10年80%以上の生存」を成功の基準として認め、世界的にチタン製のインプラントが開発・利用されるようになり、安全かつ予知性の高いインプラントの時代が到来しました。
日本では、まだまだ危険なイメージの強いインプラントでは、その起源は「いつ」、「どこ」なのでしょうか?
海外での状況も踏まえつつご説明します。
少々長いので、3つにわけてご説明します。
目次
①古くは、インカ帝国・古代エジプト・古代トルコに起源を持つ
②インプラントの発達と普及~鍵はチタン~
③日本での普及~学会と医療制度という障害
①古くは、インカ帝国・古代エジプト・古代トルコに起源を持つ
インプラント治療の起源はインカ帝国時代のペルーまで遡り、歯が抜けたところにエメラルドの歯根が植えられたミイラが発見されています。中国やエジプトで
は、象牙の歯が植えられた人骨が見つかっています。また、古代ギリシャでは権力者が奴隷の歯を抜いて自分の歯の抜けたところに埋めていたという記述があり
ます。
また、実は紀元前の昔から歯科治療としてのインプラントが試みられていたことが古代遺跡から発見されています。
現在、人類の歴史上最も古いとされるインプラントは、トルコで発見された石製のインプラントで、なんと紀元前550年頃のものだといいます。ただし、この
インプラントは、実際に歯の代わりとして機能出来ていたかは疑問で、儀式などの為だけに使われていたのかも知れません。
今から100年ほど前の文献には、注射針と同じ金属をバスケット状に加工して口の中に入れたと記されています。また、体に害を及ぼさないという理由で歯根に金(ゴールド)を使ったものなどがあったようです。